リターン最大化ではなく「生き残ること」を目的にする
興味深い記事を読みました。
【はじめに】
The Minority Report に掲載された “The Most Radical Post Growth Text I Read This Year Came From Wall Street” という記事です。
この記事は、Morgan Stanleyのウェルス・アドバイザーである Noel Pacarro Brown氏の論考 “The Post-Growth Perspective: A Client-Aware Framework for Resilient Portfolio Construction” を紹介・再構成したものです。
【現代ポートフォリオ理論の前提】
現代ポートフォリオ理論は、個々の資産を単独で評価するのではなく、異なる資産を組み合わせることで、一定のリスクのもとで期待リターンを最大化する。この考え方から、分散投資、効率的フロンティア、その後のCAPMなど、現在の資産運用の基本的な考え方が発展しました。
Brown氏が問い直しているのは、その数学そのものというより、その背後にある世界観です。
つまり、経済は長期的には成長し、天然資源や労働力を利用でき、世界貿易も基本的には機能し続ける、という前提です。
ところが、気候変動、資源制約、地政学的対立、感染症、格差などのショックが、より大きく、より頻繁に、しかも同時に発生する世界になったとしたらどうでしょうか。
過去の市場データから期待リターンとリスクを推計して最適化するだけでは、十分ではないかもしれません。
【成長しない世界を考える】
Brown氏は、1972年にMITの研究者らが発表した『成長の限界(The Limits to Growth)』にも注目しています。
この研究では、人口、工業生産、食料、資源、汚染などを組み合わせ、長期的な世界の姿をシミュレーションしました。
その後、実際のデータと当時のシナリオを比較する研究も行われています。
ここからBrown氏がポートフォリオ運用に持ち込んでいる重要な問いは、
「経済が永遠に成長することを前提にしなくても機能するポートフォリオとは何か」というものです。
従来の考え方では、
「あるリスク水準のもとで、どうすれば期待リターンを最大化できるか」
を考えます。
一方、Brown氏の考え方は、
「できるだけ幅広い将来のシナリオの中で、資産を維持し、生活を続けられるポートフォリオは何か」
という問いに近いものです。一つの大きなショックによってポートフォリオ全体が壊れないようにすることですね。
【おすすめのポートフォリオ】
第1層:流動性(20~35%)
現金、複数通貨、短期国債、マネーマーケットなどです。
危機が起きたとき、生活費などを確保するために価格が下落した資産を売却しなくて済むようにする。
つまり流動性は「何も生まない資産」ではなく、危機のときに待つことのできる権利として考えます。
第2層:購買力の維持(20~30%)
インフレ連動債、金、農地、森林、水や鉱物資源などです。
インフレや通貨価値の低下が起きても、実質的な購買力を維持することを目的とします。
第3層:安定的な収入(20~30%)
公益事業、インフラ、医療、食品供給などです。
景気が良くても悪くても、人間が必要とするものはあります。
電気、水、食料、医療などから得られる継続的なキャッシュフローを重視します。
第4層:イノベーション(10~20%)
エネルギー転換、修理・再利用、AIなど、新しい技術や産業への投資です。
成長機会を完全に捨てるわけではありません。
ただし、将来を一つの技術に賭けるのではなく、失敗してもポートフォリオ全体が壊れない範囲に抑えます。
第5層:危機へのヘッジ(5~15%)
テールリスク・ヘッジ、逆張り戦略、貴金属などです。
普段はコストに見えても、大きな危機のときに機能する「保険」として位置付けます。
分散投資の意味も変わってくる
この考え方では、分散投資も単に株式と債券を組み合わせるという話ではありません。
記事では、
- 一つの資産クラスを30%以上にしない
- 一つの国・地域を40%以上にしない
- 安定した借り換えを前提とするレバレッジを避ける
- 危機時に何を売却するかをあらかじめ考える
- 複数の危機が同時に発生するシナリオを考える
といった考え方が紹介されています。
【最適化との関係は】
特に興味深いのは、自国への集中もリスクとして考えることです。
自分の仕事、住宅、年金、預金、株式投資がすべて同じ国に依存していると、その国に大きな問題が起きたとき、すべてが同時に影響を受けます。
資産運用の世界では「最適化」という言葉をよく使います。
期待リターン、ボラティリティ、相関係数などを使えば、数学的に最適なポートフォリオを計算できます。
しかし、最適化には必ず前提があります。
平常時のデータから作られた「最適なポートフォリオ」が、前提そのものが崩れた世界でも最適とは限りません。
この議論は「最適化をやめる」という話ではなく、何を最適化するのかを考え直す話として読むと面白いと思いました。
Markowitzの問いは、
「一定のリスクで、どのポートフォリオが最も高い期待リターンを生むか」
でした。
Brown氏の問いは、
「最も幅広い未来の中で、人が生活を維持できるポートフォリオは何か」
です。
この二つは、必ずしも対立するものではないと思います。
むしろこれからのポートフォリオ最適化では、後者の問いをどうモデルに組み込むかが、かなり重要になってくるのではないでしょうか。
【引用元】
※本稿は、The Minority Reportに2026年8月18日に掲載された “The Most Radical Post Growth Text I Read This Year Came From Wall Street” を読んだ感想と要約です。同記事は、Noel Pacarro Brown氏の “The Post-Growth Perspective: A Client-Aware Framework for Resilient Portfolio Construction” を紹介・再構成したものです。本稿の資産配分例や考え方はこれらの記事で紹介された内容に基づくものであり、私自身による投資助言や特定の資産への投資推奨を目的とするものではありません。
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